ANITYロゴ/希望の星が輝く

「生き直すための場」としてのアミティ
 当たり前に生きる権利を剥奪された人々と治療共同体

坂上 香(TVドキュメンタリー・ディレクター)
「そうそう、二〇人ほどでドヤのテレビを見ていたことがあってね。ちょうど刑務所での生活の様子が放送されていたんだ。そうしたら誰かが刑務所の思い出を始めて、気がつけば半分以上の人が、その話題で盛り上がっているんだ。二〇人中、一〇人以上の人に服役経験があるなんてな」
(『ホームレス自らを語る』著者:神戸幸夫、大畑太郎 発売:アストラ 49ページより)

◆アミティ日本を巡る
 この四月、日本の市民団体の招待で、アメリカの犯罪者の民間社会復帰施設「アミティ」(ラテン語で友愛・友情を意味する)からスタッフの女性二名が来日した。アミティは、犯罪者が増え続けるアメリカで、再犯を防ぐ最も効果的なプログラムのひとつとして、注目されている団体だ。
 「アメリカの受刑者は、現在二〇〇万人。これは、長期に渡る厳罰化政策の結果です。そして、刑務所に入所するとさらに凶暴になる、という困った事態になっています。日本はアメリカの二の舞を踏まないでください。」
 創設者でもあり、現在理事をつとめるナヤ・アービターと、事務局長のベティ・フレイズマンは、この言葉を行く先々で繰り返した。二人は日本各地八都市を巡り、講演会やワークショップなど様々なイベントを通して、およそ二千人と交流した。薬物やアルコールの依存者、犯罪被害者遺族、死刑囚の家族、DV(ドメスティック・バイオレンス)の加害者・被害者、非行少年の母親、「ひきこもる」子どもの親・・・。様々な問題を抱える、様々な立場の当事者達が二人の話に耳を傾け、自らも積極的に語る、という今までにない、新しい試みとなると同時に、日本でもアミティのような場が強く望まれていることを実感した。

◆アミティとの出会い
 私がこのアミティと出会ったのは、今から五年前。アリス・ミラーというスイスの元・精神分析医に関する番組を作った時(NHK衛星第二放送のBSスペシャルで、「閉ざされた魂の叫び〜アリス・ミラーが解く子ども時代〜」として放映された)、アリス・ミラー自身から紹介されたのが、アリゾナ州ツーソンを拠点とするアミティだった。
 アリス・ミラーは、『魂の殺人 親は子どもに何をしたか』(新曜社 山下公子訳)の著者として知られ、子ども時代に受けた心の傷を放置しておくと、犯罪に走ったり、自傷行為といった形で自分への暴力に向くことがある、という警告を、七〇年代から世界に向けて発信してきた人である。その彼女の考え方を実践に取り入れているということで、アミティを訪れたのだが、その時のショックは今でも忘れられない。
 「ハーイ、ようこそアミティへ!」
 弾んだ明るい声。白いタンクトップを着て自転車に乗った、CMにでも登場しそうな「好青年」に私は出迎えられた。フェンスも塀もないオープンスペース、砂漠に広がるオアシスのような緑、パステルカラーの建物。ところどころに設けられた喫煙所には、手作りの看板が掲げられ、あちこちで五〜一〇人単位のグループが語りあう姿がみられる。この日は祝日だったこともあり、夕方からはラテン系の音楽が鳴り響き、バーベキューを囲んで皆楽しげだった。まるでリゾート地のようなたたずまいと、あたたかい雰囲気に、私は圧倒された。「ここが犯罪者の更生施設?」という問いが頭のなかをぐるぐると駆け巡った。

◆スタッフも当事者
 スタッフとはじめて顔合わせをした時のことも忘れられない。「好青年」が案内してくれた部屋には、明るい光が差し込み、一〇人程の男女が笑顔で迎えてくれた。当時、事務局長だった小柄な女性ナヤ・アービターが自己紹介を始めた。自身が父親から性的虐待を受けた被害者だったことや、DVに囲まれて育ち、幼くして恐怖心を植えつけられたこと。その後、家出を繰り返し、あらゆる薬物を濫用し、一七歳の時には、メキシコ、アメリカ国境を行き交う麻薬の密売で FBI に追われ、刑務所での服役体験もあることなどをサラッと語り、次のスタッフに場を譲った。
 すさまじい経歴が続く。近親者からレイプされた、身体的虐待でいつも身体じゅう傷だらけだった、何度も親から窒息死させられそうになった、親に捨てられ施設をたらい回しにされた、母親から売春を強要された・・・次から次へと続くあまりにも過酷な経歴に、私は自分のなかでそれぞれを咀嚼しきれないまま、ぼう然とした。その中には、私を出迎えてくれた「好青年」も含まれていた。彼は殺人を犯し、刑務所で数年間服役した後、アミティで二年間暮らした。目下スタッフを目指して研修中だという。彼を含むスタッフの多くが、かつて問題を抱えていた当事者だったのだ。

◆治療共同体シナノンとアミティ
 現在のアミティは一九八一年に、ナヤ・アービター、ベティ・フレイズマン、ロッド・ムレンらの三人によって、アリゾナ州のツーソンで開始された。
 アミティとは、ラテン語で友情・友愛を意味し、「治療共同体」という、日本では聞きなれない考え方をベースにしている。これはもともと、精神疾患や、薬物依存などの問題を抱える人々の「治療」として五〇年代に米国で始まり、その後、ベトナム戦争の帰還兵や犯罪者にも適用されるようになった、ある種社会運動的な試みである。同じような問題を抱える人々が、一定期間生活を共にしながら、問題を乗り越えるために互いが支え合う、というスタイルが基本。スタッフの半数以上が、治療共同体の卒業生であることからも、自助グループ的な要素が強いことがわかる。
 三人は、六〇年代後半からおよそ一〇年に渡って、「シナノン」という先駆的な治療共同体で暮らしていた。薬物依存症者だったC・ディードリックがカリフォルニア州で始め、それまで回復不可能と言われていたヘロイン依存から回復する者が続出するなど、一時は奇跡と呼ばれるほどの効果をもたらし、社会的な評価も高かった団体である。ナヤとベティは、自身がかつて薬物濫用者で、このシナノンを通して問題を克服することに成功したリカバリー者である。
 ナヤは、アミティに至った経過を次のように説明する。
 「シナノンは私にとっては衝撃でした。様々な問題を抱える人々と語り合い、様々な役割を担ったりするなかで、私を新しい人生へと導いてくれたのが、社会では『凶悪犯』という烙印を押された人々でした。
 残念なことに、シナノンは次第に様相を変え、商業的になってゆきました。しかし、社会から拒絶され、行き場のない人々のために働きたい、という気持ちは変わらず、シナノンを去り、別の団体を作ることにしたのです。それがアミティです。」

◆野宿生活体験
 シナノンやアミティの活動を通して彼らがやってきたことは、社会から拒絶されてきた人たちを受け入れることだ。アミティの施設は大きく分けると、(1)共同生活プログラム、(2)刑務所内プログラム(3)コミュニティプログラムの三つ。活動の基本である(1)では、犯罪を犯し、裁判所の判断で送られてきたり、刑務所を出所直後に本人が希望して来たりというケースが多いが、なかには、犯罪には至らないが過度な薬物摂取や、セックス、ギャンブル、暴力依存などの問題を抱え、家族や友人に連れられて来る人もいる。アミティでは、プログラムに参加している人のことをレジデント(居住者)と呼び、互いをファミリーと呼び合う。
 九八年に撮影を行った時(NHK衛星第一日曜スペシャル「隠された過去への叫び〜米・犯罪者の更生施設からの報告〜」として放映された)、アミティのレジデントと野宿体験が深く絡み合っていることを認識させられる場面があった。
 それは、音楽に合わせて踊りながらゲームスタイルで行うグループ・セラピーのなかでのこと。「野宿生活をしたことがある人はこちら側に集まって」という問いが投げかけられた。家出をして路上で寝たことがあるというものも含めて、一〇〇名近いレジデントの大半が、「野宿生活の体験者」側に集中した。その多さに改めて驚いた。
 二〇歳代前半のある青年は、一〇歳にも満たない子どもの頃、再婚した親からつまはじきにされ、自宅の裏の空き地にテントを張って一年余り野宿生活をしたと語った。同級生から「原始人」と罵倒され、石を投げられ、様々ないじめを受け、次第に学校へも行かなくなった。親から完全に見捨てられた彼は、児童福祉機関が介入するまでの間、盗みをしながらなんとか生き延びた。父親の連れ子は母親からも可愛がられ、普通に家で生活を送っていたのに、なぜ、自分だけがこんな目にあうんだ。語るうちに、今までふたをしていた記憶の箱が突然開いてしまったかのように、感情があふれ出て、激しく嗚咽しだした。
 また、一九歳の女性は、一〇代前半で家出を繰り返し、ハンバーガー屋の前のベンチで何日も寝泊まりしたことや、その時に強盗にあったことなどを簡単に語っただけだったが、この後のグループでの語り合いのなかで、さらに深い部分に触れた。一四歳の時、父親から性的虐待を受けて動揺し、家出をするようになったこと。その後、路上でレイプにあったことや、身を寄せた家の住人から拷問のような暴力にさらされ、売春を強要されていたことなど、仲間から励まされながら必死に語った。爪をかじり、足をカタカタ震わせ、時には吐き気を伴い、トイレへ駆け込んだ。
 彼らの多くが、「野宿」という言葉の裏に隠された、耳を疑うようなすさまじい目にあっていた。なぜ、野宿に至り、野宿生活中に何が起こったのか、そしてその後、どんな思いで生きてきたのか。そのどれもが、今まで誰にも受け止めてもらえずにきていた。

◆希望を取り戻すために
「レジデントのほとんどが、希望を失って当然と思えるような過酷な体験をしている人です。失った希望を取り戻すためには、まず、失うに至った過程を見つめる必要があります。それは辛くしんどいプロセスですが、そのプロセスを経ずに問題を乗り越えることは難しいと思います」
 今回来日したベティ・フレイズマンも、そのプロセスを経てきた当事者の一人である。著名な弁護士を父にもつベティは、はた目には「恵まれた家庭のお嬢さん」と映っていたに違いない。しかし、彼女にとって家庭はまさに地獄だった。ハードコアポルノ雑誌や暴力的で過激なAV 映画があふれ、セックスの種類でポルノ雑誌を区分けすることが、彼女にとっての「お手伝い」だったのだ。日常の食卓の会話も性行為について。訪問客の多くが性産業に働く人々で、高校生になると、性産業でアルバイトすることを父親からすすめられたという。
 ベティは一〇代前半で鬱気味になり、薬物に手を出し、自殺未遂を繰り返した。万引きで補導されたこともある。物資的には恵まれ、ハリウッドにある豪華な邸宅に暮らしていたにもかかわらず、家出をし、友人の家を転々とした。そんな彼女が再び希望を取り戻したのは、似たような体験をし、問題をある程度乗り越えてきた、「少し先行く人々」と出会ったことがきっかけだった。なぜそんなに生き苦しいのか、という問題のルーツを見つめることを、彼らから、実体験として教わったという。

◆対等なコミュニティ
 スタッフなのかレジデントなのか、アミティではなかなか見分けがつかない。服装は自由、食事も一緒、スタッフもレジテントも皆フレンドリー。ここでは、一般の刑務所や少年院などの犯罪矯正施設に見られるような、「刑務官対受刑者」の上下の関係や管理体制が感じられないのだ。それは、スタッフもレジデントも、同じコミュニティ(共同体)の一員という位置づけをしているからだろう。
 ナヤは、全国で行った講演会のなかで、対等なコミュニティを形成するためには、次のような要素が必要だと指摘した。

 ●観衆ではなく、参加者になる
 ●固定した役割ではなく、様々な役割を担う
 ●排除するのではなく、受け入れる
 ●制度やプログラムよりも、語りやすい安全な場所を作る
 ●スタッフからの慰めよりも参加者同士の関係を大切にする
 ●「治療」よりも学ぶこと
 ●症状にとらわれず、一人の人間として全体をとらえる
 ●感情に振り回されるのでなく、自分の感情を使いこなす能力を身に付ける

◆リハビリでなくハビリテーション
 レジデントが最終的には社会に戻り、自らの人生を生き直すことを、アミティは目標にしているため、リハビリ施設と言及されることが多いが、彼ら自身はリハビリという言葉を使わない。ナヤはその理由を次のように説明する。
 「リハビリというのは、元いた場所に戻ることを意味します。売春、麻薬、暴力を行っていた人が、元の場所に戻るということは、再び問題行動を繰り返すことになってしまいます。たとえば自傷に走る人、暴力を振るう人は、自分が生まれ育ったコミュニティで、そういう生き方を学んできてしまったわけです。ですから、彼らは、リハビリテーション(Rehabilitation)ではなく、ハビリテーション(Habilitation)、ゼロから学び直すことが必要な人たちです。問題を断ち切り、社会復帰がうまく果たせるかどうかは、ハビリテーションのプロセスを経て、希望を手に入れられるかどうかにかかっていると思います。」

◆解毒作用とエモーショナル・リテラシー
 アミティを一言で言い表すなら、「解毒作用」だとナヤは言う。
 「自分の体験を語る、という方法によって、感情の発散の仕方を学び、体の中にたまった毒素を解毒してゆく試みを行うのです。その時、まず、自らの体験に名前をつけることが大切です。そうでなければ体験を表現し、うったえることができないからです。苦しい体験を背中に背負ったまま、どんどんその荷が重くなって自分自身が押しつぶされてしまう、ということになります。」
 この解毒作用のなかで重要なのが、エモーショナル・リテラシー(Emotional Literacy)。エモーショナル・リテラシーとは、感情、情緒をそのままあるがまま受け止めて、言葉で表現する力のこと。レジデントの多くが、この能力を身につけるのに何年もの時間を要する。
 アミティでは、自分の体験を語る時、かならずグループの誰かから、「その時、どんな風に感じたの?」という質問が投げかけられる。なかなか表現できずに「うーん」と唸って黙り込んでしまう人も少なくない。そんな時、「辛かったんじゃないの?」「お腹がよじれるような、痛い感じがしなかった?」「誰かに助けてって言いたかったんじゃないの?」と、似たような体験をした人が、言葉を補ってさらに質問する。そして、本人から言葉が出てくるまで、辛抱強く待つ。時にはひとつの出来事を説明し、その時の感情を表現するのに、何日も、何ヶ月もかかる。
 前述の「好青年」は、二年間のプログラムを経たが、未だに泣いたことがなく、なぜ人が泣くのか理解できないと言った。そして、「哀しいという感情も、愛するという感情も、まだよくわからないんだ」とつぶやき、続けて「今がんばって理解しようとしているところなんだ」と微笑んだ。

●アリス・ミラーのパラダイム
 アミティでは、心理学や精神医学などの理論に独自の視点や他の要素を加え、独特のプログラムを開発してきた。なかでも、冒頭で紹介したスイスの精神分析医アリス・ミラーの視点は欠かせない。アミティでは、次のような要点をあげ、アリス・ミラーのパラダイムと名付けている。

 《アリス・ミラーのパラダイム》
 ◆小さな子どものときに傷つけられたが、そのことを誰にも知られていない
 ◆そうした被害を受けたことに対して怒りをぶつけることができなかった
 ◆傷つけられたことが相手の善意によるものだとして、むしろ感謝で応えようとしてしまう
 ◆すべてを忘れてしまう
 ◆大人になってから、内にためた怒りを他人や自分自身に向けて吐き出してしまう

 私は九五年に、このパラダイムを使ったアミティのプログラムを撮影した。講義では、スタッフが、ミラーの著作に書かれている内容を、具体的な例をあげて、かみくだいた表現に置き換えて説明した。そして、自分の場合はどうだったか、とそれぞれの体験を重ねあわせるように促した。なかには抵抗して参加を拒む人もいたが、薬物依存者の人生を描いた映画「クリスチーナ・F」を見た後に、子ども時代に一番辛かった体験を絵に描いて、仲間同士で質問しあったり、音楽に合わせたゲームによって、閉じこめてきた記憶を喚起させたりするなかで、自然と語り始め、強い感情を発散させるようになった。たった一冊の本を基に、これだけバラエティーに富んだ活動ができること、参加することを拒んでいた人までが、自然に表現し始める、というマジックに、私はただただ驚かされた。

◆拒絶される声
 アミティのレジデントに共通するのは、「子ども時代を剥奪された者の文化」(愛情を十分に受け、人間として当たり前に生きる権利を、奪われてきた人々特有の文化)だとナヤは言う。
 「『子ども時代を剥奪された者の文化』に身を置く人々は、売春や薬物依存にみられるような自分に向けた暴力、または他人への暴力といった『症状』を見せます。これは、国境を超え、共通して見られますが、彼らは、主流の精神医療や心理学的な治療のパラダイムでは、理解も説明も不可能な体験をしてきた人々なのです。実際に体験したことであっても、医者や専門家と呼ばれる人々に『まさか』『そんなことありえない』と思われ、信じてもらえないことが多々あるのです。アメリカは、そんな彼らを国として心理的に拒絶してきました。そして、目を背けるために、彼らを刑務所に閉じこめてしまったわけです。」
 アメリカと比べると日本の受刑者数は圧倒的に少ない。しかし、自殺した人、路上生活者、精神病院に入院している人、ひきこもっている人、性を売買して暮らす人の数はどうだろう。
 問題のある人を刑務所に閉じこめてしまうアメリカと、路上や自死や病院・・・に追いやってしまっている日本。そこには、誰にも聞き入れられない声が埋もれている。その埋もれた声のなかに、いろいろな問題を解くためのヒントが隠されているはず。アミティの二人はそう言い残して、アメリカへ帰っていった。

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