代表からのメッセージ◆Larger Storyを紡ぎ合おう 山下英三郎 2001年9月11日は,アメリカ合衆国民のみならず世界の多くの人々にとって終生忘れることのできない衝撃的な日として記憶されることでしょう。そしてその余波は,私たちアミティの取り組みに学ぼうとしている者たちにも直接及ぶことになりました。2000年春に引き続いてのナヤとベティによるワークショップや講演会の計画は,すべてキャンセルせざるをえない事態に直面しました。
そのことは大きな痛手ではありましたが,私たちはふたりに万難を排してでも来日してほしいとは考えませんでした。あらゆる暴力からの解放を目指しているアミティであればこそ,彼女らが未曾有の惨劇が生じた国に留まって活動を続けることの方に意味があり,自然なことだったと思っています。アメリカ政府からメディア,一般市民に至るまでのテロ行為に対する反応に触れるにつけ,私たちはナヤとベティが来日を強行しなかったことをよしと考えることができた次第です。
アメリカ中が愛国心に燃え,愛と正義の名のもとに暴力によって問題の解決を図ろうとする風潮の中で,彼女らが何を感じ考えるかということに,私たちは強い関心を抱かないではいられませんでした。
2002年2月に改めて来日する約束を果たしてくれたナヤとベティは,まさに疾風のごとく私たちの前に現れ、そして去っていきました。でも彼女らの存在感は,物理的な滞在時間の短さをものともせず,出会った者たちの心を虜にしたと思います。ふたりの言葉は,アメリカがより鮮明にしている強者の論調とは異なり,憎悪や敵愾心を超えて人々が調和的に共存することへの願いに満ちていました。9.11とそれに続くさまざまな出来事は,彼女らの思いをさらにひとまわりも、ふたまわりも大きく膨らませたような気がしています。
今回は,“Lager Story”という言葉がキーワードとして語られました。うまい訳語が浮かびませんが,「転生」というイメージが浮かんできます。個人の傷みや苦しみにも転生の時が訪れることを信じよう,国家や民族レベルの対立にも双方が和解し共に生きる転生の物語を紡ぎ出そうという,力強いメッセージが込められていたように思います。
哀しみや絶望が色濃く漂う時代(とき)だからこそ,Larger Storyを生み出していくことが求められているのだと思います。ナヤとベティが多忙な時間を割いて、私たちに会うためにやってきたことの意味を,それぞれが我が身に引き寄せて咀嚼し,自らの生き方として行くこと、それが私たちに残された課題なのだと私たちは思っています。 |